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サンディエゴの歴史を知ると、もっと楽しい旅や生活ができそう

サンディエゴの歴史を知ると、もっと楽しい旅や生活ができそう

□ カブリヨの到着
□ サンディエゴの命名
□ オールドタウンの誕生
□ アメリカ合衆国に
□ ホートンによる開発
□ バルボアパーク
□ サンディエゴ動物園
□ 海軍の町へ
□ ミッションベイ
□ サンディエゴの歴史は 今も作られつづけている

<カブリヨの到着>

 
  ポイントロマにあるカブリヨの像  
 
  ポイントロマにあるカブリヨの像  
  photo by Illochisavaさん  

 今から およそ 450年前の 1542年、 ポルトガル人の ファン・ロドリゲス・カブリヨが スペインの船で ロマ岬に到着 ヨーロッパ人として 初めて サンディエゴに 足を踏み入れたとされています。 カブリヨは この地に 「サン・ミゲル」と 名前をつけました。

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<サンディエゴの命名>

 カブリヨの到着から およそ 60年後の 1602年 スペイン人の セバスチャン・ビスカイノが 植民地開拓に やってきました。 ビスカイノは 11月12日の サン・ディエゴ・デ・アルカラのお祭りの日に 「サン・ミゲル」から 「サン・ディエゴ」に町の名前を変更しました。 これ以来 この町の名前となりました。

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<オールドタウンの誕生>

オールドタウンは今は公園になっています。 それから しばらくは 何もなかったようですが 1769年 フランシスコ会修道士 フニぺロ・セラ神父が スペインの支配地であった メキシコから サンディエゴにはいり 現在のオールドタウンと呼ばれている場所に カリフォニャで 初めての 伝道所を建設しました。 この伝道所を中心に ヨーロッパからの 入植者たちにより いくつかの集落が 出来てきました。 オールドタウンこそ サンディエゴ発祥の地と 言うことが できます

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<アメリカ合衆国に>

 それまで メキシコの辺鄙な村でしかなかった サンディエゴが 1850年 アメリカ合衆国にカリフォニャ州として併合されました。 ほんの150年ほど前です。 サンディエゴが 今でも メキシコの また その支配国であった スペインの色を 多く残しているのは そのためでも あるといえます。

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<ホートンによる開発>

ガスランプクヲーターの入り口 1867年4月15日 アロンソ・エラスタス・ホートンは サンディエゴに やってきました。 彼は 現在のダウンタウン地域 (そのころは 荒れの原)を 390ヘクタールにわたって 買収しました。 当時のお金で (高いのか 安いのか わかりませんが) 0.4ヘクタール(1エーカー)あたり 27セント およそ260ドルでした。 五年後におきた 火事をきっかけに この土地は 新しい商業地として 急速に開発が進みました。 その中心地が 現在 ガスランプクォーターと呼ばれる地域です。 彼の業績をたたえて命名されたのが ホートンプラザです。

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<バルボアパーク>

 ホートンの土地買収と同じころ 苗木畑の所有者であった ケイト・セッションズが 公園の整備を発案しました。 しかし 485ヘクタールにわたる予定地は 20年もの間 手付かずの状態でした。 そこで 発案者のケイトは 自ら 世界中から集めた 苗木を 十年間で1000本、 植樹したのでした。 彼女のこうした努力が 公園開発委員会を 発足させ 現在の バルボアパークが 生まれたのです。

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<サンディエゴ動物園>

 こうしてできた バルボアパークで 1916年開催された 「パナマ・カリフォニャ博覧会」でライオンを見た ハリー・ウェッジフォース医師は サンディエゴへの動物園建設を決意。 25年の歳月を経て バルボアパーク内に 40ヘクタールに及ぶ サンディエゴ動物園を 建設しました。 また、 内部には ケイト・セッションズが集めた 珍しい植物も あふれています。

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<海軍の町へ>

 太平洋に面し 自然の良港でもあった サンディエゴに 軍艦が初めてやってきたのが 1898年。 それ以来 アメリカの西の守りの要として ぞくぞくと 戦艦が配備されました。 コロナド島を中心に 海軍基地が置かれ 太平洋艦隊の 本部が置かれています。

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<ミッションベイ>

ミッションベイ(絵はがきから) 1960年代になると サンディエゴ川 河口にある 湿地帯を 海浜公園にしようという計画がおこり、 1860ヘクタールに及ぶ 公園の 開発が始められました。 美しい砂浜や モーターボート用の水路などが もうけられました。 シャチのショウでおなじみのシーワールドは ミッションベイパークの中に作られました。

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<サンディエゴの歴史は 今も作られつづけている>

 The Finest City と 呼ばれるサンディエゴは いまでも 発展中。 サンディエゴトロリーの伸延、 フリーウェイの新設、 ダウンタウンの再開発、 メキシコ国境地帯の再開発、 周辺地域の住宅建設、、、、 南カリフォニャの豊かな自然を生かして、 更に 魅力ある町になって行こうとしています。

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おまけ

■サンディエゴ郡

 サンディエゴ郡は1850年2月18日に、カリフォルニア州の最初の27郡のひとつとして始まりました。 この頃のサンディエゴ郡の人口はおよそ3490人。798人の開拓者と2692人の原住アメリカ人(インディアン)という構成でした。 また、郡の範囲は現在のサンディエゴ郡はもとより、インペリアル郡、リバーサイド郡、サンベルナルディノ郡、およびインヨウ郡の東がわを含むおよそ4万平方マイルありました。

 現在、サンディエゴ郡は4255平方マイル−南北に65マイル、東西に86マイル。 人口は280万人を超え、州で3番目に大きな郡となっています。

 サンディエゴ郡の名前の由来は、1603年11月12日、現在のサンディエゴ湾に寄港したSpaniard Don Sebastian Vizcaino がSan Diego de Alcala のお祭りにちなんで命名しました。 実際にはこの地はそれより61年前にJuan Rodriguez Cabrillo によりSan Miguelと名付けられた土地でもありました。

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Last updated : 2008/05/31 23:21


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